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京都地方裁判所 平成元年(ワ)2049号 判決

原告

宮原松貴

被告

三井海上火災保険株式会社

主文

一  被告は原告対し金一三〇五万円及びこれに対する平成元年九月二三日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分とし、その一を原告の負担し、その余を被告の負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一求める裁判

被告は原告対し金一六二二万四〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(平成元年九月二三日)から支払い済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

原告が訴外加藤則夫の乗用自動車を運転して発生させた自損事故による受傷につき、訴外人が自家用自動車保険契約を締結する被告に対して自損事故分及び搭乗者分の各保険金の支払いを求めるものである。

第三争いのない事実

保険契約の締結

訴外加藤則夫が昭和六〇年二月二日被告との間で乗用自動車につき自家用自動車保険契約を締結している。保険約款によると、記名被保険者の承諾を得て被保険自動車を使用した者は被保険者であり(自家用自動車保険契約約款一章三条、二章二条)、自損傷害の後遺障害については、約款の別表Ⅰに基づき一定の保険金の支払いがなされることとされている。また、保険証券記載の自動車の正規の乗用構造装置のある場所に搭乗中の者が自動車の運転に起因する事故による傷害については、搭乗者傷害条項及び一般条項により、その後遺障害については、約款の別表Ⅰに基づき一定の保険金の支払いがなされることとされている(自家用自動車保険契約約款四章一条一項)。

第四争点及びこれに対する判断

一  本件交通事故の発生

1  発生日時 昭和六〇年八月二日午前五時四五分ころ

2  発生場所 京都市右京区太秦相互タクシー従業員専用駐車場

3  事故車 訴外加藤則夫所有、原告運転の乗用自動車

4  承諾 訴外加藤則夫の承諾を得たうえ、運転

5  事故態様 原告が訴外加藤則夫からキイを借りて運転席に座りエンジンをかけ、移動しようとしたところ、急発進し、乗用自動車もろとも、壁にたたきつけられ、頭部を前後に打ちつけた。

(証拠、検甲五の一ないし一三、甲一一、原告)

二  原告の受傷及び後遺障害など

1  被告は、原告には事故前から頸椎管狭窄症の既往の素因が存在していたので、現症状はこれに基づくものであり、本件事故と因果関係がないと主張している。

2  判断

〈1〉 後遺障害

原告は本件事故によつて頸椎症性脊髄症、頸椎症性脊髄神経根症、不全頸髄損傷による四肢・体幹機能障害を受け、第Ⅰ種身体障害者との判定を受け、身体障害者等級表による級別〈3〉級の障害認定を受けている。

(証拠、甲二の一、甲一〇、甲一二の一ないし三)

〈2〉 原告には事故前から頸椎管狭窄症の既往の素因が存在していたとされる事実

原告は京都第二赤十字病院脳神経外科に昭和六〇年八月二日から九月一日まで入院し、久保医師によつて頸部レントゲン撮影の結果頸椎前後径が狭いことが認められ、頸椎捻挫、頸椎管狭窄症と診断され、鎮痛消炎の投与を受け、両肩、特に右肩のしびれ及び疼痛を訴えたが、同病院の診療録でも(頸部)脊椎管狭窄症の記載がされ、一一月一八日にC5レベルの狭窄あり、外科的に行わない限り解決なさそうだ、昭和六一年一月三一日には京都府立医科大学付属病院整形入院中二月二五日脊柱管(C3―7)拡大手術ともされている(甲三の二ないし四、乙二)。また、原告は京都第二赤十字病院久保医師の紹介で九月二日に武田病院に入院し、久保医師によつて頸椎管狭窄症と診断され、後方椎弓切除術及び椎間孔拡大術をする予定であつたが、その後理学療法によることと変更された(乙三、甲四の二)、発育性脊柱管狭窄ともされ、九月二一日に退院し(甲四の二)、知覚異常を生じ、一一月二八日から三〇日までミエログラフイー検査のため京都第二赤十字病院に入院し(甲三の四)、一二月一四日から昭和六一年一月二九日まで武田病院に通院した(乙三)。その間原告は一二月一八日に六地蔵病院でレントゲン撮影の結果、脊柱管狭窄一〇ミリ―一二ミリ、C2、3、4に著明、C34、C45の椎間板病変とされ、京都府立医科大学付属病院で手術を受けることになつた(甲七の二)。

原告は昭和六一年一月に京都府立医科大学付属病院長谷教授に頸椎症性脊髄神経根症と診断され、同月三一日にC3が一三ミリメートル、C4が一二・五ミリメートルであり、若干の狭窄があるとされ、二月二五日に脊柱管拡大術である椎弓形成手術及び後方外側固定術の手術を受けたが、長谷教授が二月二四日に原告に対して脊柱狭窄をベースに今回の交通事故により症状が出てきた、受傷後の四肢麻ひ状態があつたので脊髄損傷の存在も考えられるが、今回の手術により痛みの除去を期待するもので脊髄損傷も合併している部分の改善は望めないと説明した(甲八の三、四)。

〈3〉 原告には事故前から頸椎管狭窄症の既往の素因が存在していなかつたとされる事実

原告は事故前までタクシー運転手として異常なく勤務し、健康人であつたが、本件事故の際、急発進し頭部を前後に強く打ちつけたため頸部に力が加わり、現症状を発症させたものである(原告、甲一一)。当初原告は四肢が動かず、両上肢、特に肩の知覚異常、知覚鈍麻が続いたが、昭和六〇年八月二三日にミエログラフイーの結果造影剤(メトリザマイド)の通過はよく、遮断はないとされている(甲三の三)。

久保医師の武田病院に対する紹介にも「ミエログラフイー及びCT頸椎を行つたが、神経根カツトや遮断はなく保存的加療しか方法がないと考えます」と記載されているし、武田病院では前示のように、理学療法によることと変更されたのもミエログラフイーの結果、通過障害もなく欠損像もなかつたためである(甲四の二)。その後原告の症状が悪化したので、山上医師は京都大学医学部付属病院半田医師に診察依頼をしたところ、半田医師は原告及び持参のフイルムによつて昭和六〇年一一月八日に「確かに両上腕二頭筋以下の反射の亢進を認め、第五神経よりより上の病巣による脊髄症が症状の中心と考えられます。持参フイルムの所見や筋萎縮もない点より脊柱管狭窄や筋萎縮性側索硬化症とは考えられなく外傷時の頸髄打撲が原因と考えられます。したがつて、減圧などの手術適応はないと思われます。このまま仕事を継続して様子を見られたらどうでしようか。」と回答している。(甲五の二)。前示京都第二赤十字病院で一一月二八日から三〇日までに行われたミエログラフイー検査及びCT検査(腰椎)の結果ほぼ正常、以後外来でフオローするとしており、原告は三〇日に退院した(甲三の四)。

〈4〉 以上の〈2〉及び〈3〉のように、原告の頸椎に関する医師の診断は統一的でなく、一定の所見ともみられない。そして、本件事故前に原告に頸椎管狭窄症が存し、原告に具体的に疼痛が発症し、原告が運転手としてそのその職務に支障を来し、かつ日常生活に不便を感じていたとの証拠はなく(京都府立医科大学付属病院長谷医師も受傷前に原告に明かな頸椎由来の症状は出現していなかつたと思われるとしている(甲一四の二)。むしろタクシー運転手として異常なく勤務し、健康人であつたものである。もつとも、原告が事故当時四〇歳であり、年齢に伴い骨格そのものが変化しつつあつたとも言えないこともないけれども、本件事故によつて急速に麻ひもしくはしびれを生ずるに至つたものであることから、本件事故による衝撃によつて頸髄に何らかの損傷を受けたものと見るのが相当である。

頸椎管狭窄症は、おおむね一二ミリメートル以下の狭窄をいうのであるが、病的症状としてではなく、若干の狭窄があるものと見るのが相当であり、造影剤(メトリザマイド)の通過はよく、遮断はないとされているのもこの事を裏付けるものである。

したがつて、原告の病的でない、軽微な傾注狭窄をベースに今回の交通事故により症状が出てきたものと考え、受傷後の四肢麻ひ状態があるので本件事故による脊髄損傷の存在の可能性もあると見ざるを得ない。

以上の判断に反する乙一〇の二(武美医師の意見)は採用し難い。

三  本件自家用自動車保険普通約款に対する見解

1  このように、原告の脊柱狭窄は、一見にしてどの医師が診断してもその所見が一致してこれを認めるものとはいい難く、極めて判断に困難なものであり、加齢とともに通常人であれば発症し得る軽微な症状と言える。この軽微な症状まで病的なものとして保険金支払いに当たつて考慮を加え、免責とすることは、そもそも保険制度の原点にかえると不当な場合が生じて来る。したがつて、通常人であれば発症し得る軽微な症状は、自家用自動車保険普通約款(乙一)二章一〇条一項の(すでに存在していた身体障害または疾病)に該当しないものと解すべきである。通常人で起こり得る老化現象、妊娠及び加齢による女性に発症する症状がある場合、特別の場合を除いて、これを既存の病的素因と見ず、通常の状態であるとの認識のもとに社会が容認していると見るのが、一般人の常識である。右約款に対してこれと異なる解釈を加えることは、相当ではないものと言うべきである。

2  後遺障害等級

原告は昭和六二年五月二一日に六地蔵病院中山医師によつて症状固定と診断され、両下肢に麻ひを残し、体幹平衡機能障害をも残し、自覚症状として、頸部痛及び運動制限があり、頭髪も洗えない、走れない、両下肢脱力感強い、頭部から両肩、両上肢へ神経痛のような痛みが走る状態であり、この自覚症状は本件事故によるものであり、回復の見込みは乏しいとされ(甲一〇)、六地蔵病院橋本医師は昭和六三年二月四日にも過去一年間の症状に特変はないとし、翌平成元年二月二二日には両上肢は知覚鈍麻を呈し、体幹から両上肢は末端ほど神経障害が高度である。頸椎は回旋などの制限が高度で疼痛を認める、神経症状は運動量気候により変化を呈し、適宜薬物療法物理療法を施行していると診断した(甲一二の一、二)。そして、原告は現在も昭和六二年五月当時としびれなどの症状も変わりなく、ごみの収集及び産業廃棄物の処理をする会社に勤め、自動車の運転をし、身体の不自由に耐えて四人の家族の生活のために稼働している(原告)。

以上の原告の後遺障害は約款別表七級の、神経系統の機能に障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの、同六級の、脊椎に著しい運動障害を残すもの、にそれぞれ該当し、繰上げにより(約款二章六条)自損事故分が四級となり、九六〇万円の保険金、搭乗者傷害分として保険金額五〇〇万円(乙一一)に同表搭乗者傷害条項保険金支払割合六九%を乗じた額(乙一)三四五万円の保険金合計一三〇五万円を、被告が原告に対し支払うべき義務がある。

第五結論

よつて、原告の請求を右の限度で正当として認容する。

(裁判官 小北陽三)

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